【ウマ娘】史実でレコードタイムを出したことがあるウマ娘のまとめ

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ウマ娘プリティーダービーのキャラたちは史実では基本的に名馬ばかりですが

それがわかる内容の一つとして

レコードタイムを出したことがあるという形でまとめてみようと思います

尚レコードタイム以外の内容は以下の記事にまとめてありますのでそちらをどうぞ!

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世代別一覧

以下の世代のくくりは
いわゆるクラシック年齢時代(現3歳、昔でいう4歳表記)として扱います。

レコード出していないウマ娘も含めた世代別まとめは以下を見てくださいね!


尚、思った以上に多かったので漏れがあるかもしれませんが
見つけ次第追記などしますのでご容赦ください・・・


後、記録はnetokeibaさんのページを元に記入しました

1980年以前世代

マルゼンスキー

朝日杯3歳ステークス(中山1600m)で1:34.4というタイムでレコード勝ちしています。

そして2着との差はなんと大差だったり・・

生涯レース合計61馬身のスーパーカーは伊達じゃないですね・・!

1981年~1990年世代

イナリワン

平成三強の一頭で地方より進出してきた猛者。

そんなイナリワンがレコードを出したのは以下の2つ

コースタイム
1989年京都3200m
(天皇賞・春)
3:18.8
史上6頭目21年ぶりの地方出身馬の天皇賞制覇の瞬間でもあり
武豊騎手の天皇賞・春初制覇でもあった
1989年中山2500m
(有馬記念)
2:31.7
(2着はスーパークリーク)

このうち有馬記念の記録はシンボリルドルフが立てた記録を1.1秒更新した形となり

さらに同一年の宝塚記念と有馬記念を制覇した春秋グランプリを達成した瞬間でもありました

オグリキャップ

第2次競馬ブームの火付け役としても存在感がありましたが

実際本当に速かったのは以下の通りレコードタイムも出してるところからも垣間見えます。

コースタイム
1988年東京1600m
(NZT4歳S)
1:34.0
1988年東京1800m
(毎日王冠)
1:59.0
2着はシリウスシンボリ
1989年中山2200m
(オールカマー)
2:12.4
1990年東京1600m
(安田記念)
1:32.4
2着はヤエノムテキ

後2着だったのでレコードタイムでありながら記録になれなかったものに
1989年のジャパンカップがあります。


この時の勝者ホーリックスのタイムは2:22.2でオグリキャップはそのクビ差。

このタイムは当時世界レコードだったのですが
1999年にアルゼンチンのカルロスペルグリニ大賞というレースで
アシデロという競走馬に破られるまで10年間記録保持だった上に
東京2400mとしても、2002年まで破られなかった驚異の記録です


因みに2021年時点では牝馬3冠のアーモンドアイが2:20.6と大幅更新をしています。

本当に怪物だったんだなと思わされますよね!

スーパークリーク

平成三強の一頭でしたが、

レコードを出したのは
1989年の京都大賞典(京都2400m)の2:25.0

因みにこのレースはグレード制導入後初となる連覇をしています。

ヤエノムテキ

記録を出したのは1990年の天皇賞・秋(東京2000m)

タイムは1:58.2でしたが、2着にはメジロアルダンがアタマ差、
3着はバンブーメモリーで、オグリキャップは6着だったりします。

尚この記録の前の保持者はサクラバクシンオーの父であるサクラユタカオーの1:58.3でした

そしてこの記録は後にスペシャルウィークが更新します

バンブーメモリー

バンブーメモリーは1990年のスプリンターズSで1:07.8を出しています。

ハイペースの逃げがいる中で最後の直線で飛び出してのレコードタイムでしたが

当時は日本レコードだったのでその凄さがわかるかと思います

尚後に後述するサクラバクシンオーが記録を更新するわけですが

ウマ娘内でこの二人が絡むことが多いのはその辺りも関与してるかもしれませんね!

後それ以外だとオグリキャップとのマイルCSの死闘も見所です!

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メジロマックイーン

メジロ牧場の名優マックイーンは3つのレコードタイムを出していました。

コースタイム
1991年中京3000m
(阪神大賞典)
3:07.3
1993年阪神2000m
(産経大阪杯)
2:03.3
2着はナイスネイチャ
1993年京都2400m
(京都大賞典)
2:22.7

天皇賞・春を連覇の時点で既に凄いのですが、
実際これだけレコードタイム出せる時点でもその凄さが頷けます。

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メジロライアン

アイネスフウジンやメジロマックイーンらとクラシックを戦いましたが

レコードがあるのは1990年の京都新聞杯(京都2200m)の2:12.3でしたが、

この時の馬場は重馬場だったのですごいですよね!

力は確かにありましたがクラシックG1では勝ちきれなかったのが悔やまれますが

子供たちが無念を晴らしてくれたのは救いかなと思います

メジロパーマー

1993年の阪神大賞典(阪神3000m)で3:09.2のレコードを出しています。

このときナイスネイチャも一緒に走っていて
1番人気(メジロパーマーは3番人気)だったりしました。

因みにネイチャは3着。

ほかの項目に記載していますが、このレースの前の有馬記念で勝利して
春秋グランプリ制覇してるので、その時点でも強いですよね!(しかも逃げで)

アイネスフウジン

アイネスフウジンがレコードを出したのは1990年の日本ダービー(東京)で、タイム2:25.3ですが

何がすごいって、これを逃げでやりきったところが末恐ろしいところ。
(2着はメジロライアン)

これがどれくらいの偉業かと言えば、1975年に勝利したカブラヤオー以来だったりします。

勝利後は後に競走馬や騎手をたたえるコール文化が生まれる先駆けとなる
「ナカノ(中野騎手への)コール」の歓声が沸きました


この時の観客数は19万6517人で東京都府中市の総人口に匹敵する人口だったそうです

イクノディクタス

51戦でて一度も故障しなかった鉄の女と呼ばれる競走馬でしたが

その中でレコードタイムを出したのは

まず1989年の3歳時のOPレースのフェニックス賞(小倉1200m)で1:10.1。

因みに新馬戦からの2連勝。

もう一つは6歳時に出走した1989年のオールカマー(中山芝2200m)で出した2:12.1。

尚この記録は前記録保持者であるオグリキャップのタイムを0.3秒更新していたりもします。

G1は勝利できなかったものの、安田記念や宝塚記念で2着と成績は悪くなかったというか

51戦もよく故障しませんでしたよね・・

ダイタクヘリオス

ウマ娘ではメジロパーマーと共にパリピしていていますが

レコードタイムを3つ出している猛者であります。

コースタイム
1991年中京1700m
(マイラーズC)
1:41.2
2着と5馬身差で
前記録保持者から0.3秒更新
1992年阪神2000m
(毎日王冠)
1:45.6
前記録保持者は1986年サクラユタカオーで
それを0.4秒更新。当時日本レコード
2着はイクノディクタス
ナイスネイチャも出走していた
1992年京都1600m
(マイルCS)
1:33.3
前レースレコード記録保持者から0.3秒上回り
コースレコードとしても0.2秒上回り
1984-1985年で連覇したニホンピロウイナー以来の
マイルCS連覇の瞬間でもあった

先行から逃げの作戦が主でしたが、

メジロパーマーとはバカコンビと言われるほど一緒に
逃げ(て共倒れすることもあ)ることが多かったようです!

ウマ娘ではパリピしてますが、レコードタイムレースだけ見てもすごい馬だったんですね!

1991年~1995年世代

ミホノブルボン

「坂路の申し子」「サイボーグ」「栗毛の超特急」など呼ばれたクラシック二冠馬ですが

1991年の新馬戦(中京1000m)でいきなり58.1の当時の3歳レコードを出しています。
(上がり3ハロンは33.1とかなり速い)

後もう一つのレコードは
1992年の京都新聞杯(京都2200m)の2:12:0があります。

この記録は当時の芝2200mの中央競馬レコードを0.1秒更新するというものでもありましたので

如何に速いかがこれだけでもわかるのではないでしょうか?
(しかも逃げで)

尚最後のレースとなった菊花賞も自身の順位でもレコードタイムでしたが

後述するライスシャワーが更に上手のタイムでした。

ライスシャワー

ゴリゴリのステイヤーだったわけですが、レコードを出したのは2つ。

それもウマ娘2期でその内容は両方ともやっています

レース名タイム詳細
1992年京都3000m
(菊花賞)
3:05.0サイボーグと呼ばれたミホノブルボンの
クラシック三冠を阻止したレースでもある。
2着のミホノブルボンもレコードタイムでゴールしていたので
如何に速かったかがわかる

尚この記録は翌年1993年にビワハヤヒデに更新される
1993年京都3200m
(天皇賞・春)
3:17.1名優メジロマックイーンの3連覇を阻止したレースでもあった

こんな感じでそれぞれの記録を阻む形でレコードを叩き出しているので

当時はかなり叩かれたようですが、ステイヤーとしての力は確かでしたね!

惜しむところはライスシャワーの子供が見れなかったことでしょう・・

サクラバクシンオー

バクシンオーは以下の2レースでレコードを出しています。

レース名タイム詳細
1994年阪神1400m
(スワンステークス)
1:19.9当時日本で初めて1分20秒を切るタイムで
2017年阪神カップでイスラボニータが
1.19.5で更新するまで阪神1400mレコードとして
君臨し続けていた
1994年中山1200m
(スプリンターズS)
1:07.1自身の引退レースでもあり
日本レコードとしては1997年まで、
コースレコードとしては2001年まで保持していた

尚現在の保持者は2012年にロードカナロアの出した
1:06.7

現在ではレコードは更新されているものの、

記録が破られるまでの期間がかなりあったので
如何に速かったかがそこだけでも伺えます。

引退レースとなったスプリンターズSに至っては世界の強豪が揃っているにも関わらず

横綱相撲のごとく突き放して短距離なのに4馬身突き放してるので
恐ろしいの一言ですよね!(尚2着はビコーペガサス)

尚この記録の前のレコードはサクラミライの1:07.6。
サクラ軍団が記録という名のタスキをつないだことになります!

マチカネタンホイザ

1993年のダイヤモンドステークス(東京3200m)で出した3:16.8というものがあります。
(この時57㎏のハンデを背負っていた)

ウマ娘の世界では普通を強調していますが、
ご覧のとおりレコードを出せる位の力がありましたし

血統もノーザンテースト産駒なので普通どころか良血統です!

・・・が、この年の天皇賞・春は相手が悪かったんです
(ライスシャワーがレコード出したレース)

ビワハヤヒデ

ビワハヤヒデは4つのレースでレコードを出しています。

レース名タイム詳細
1992年京都1600m
(もみじS)
1:34.3
1992年京都1400m
(デイリー杯3歳S)
1:21.7
1993年京都3000m
(菊花賞)
3:04.7自身の初G1制覇
前年度ライスシャワーの出した記録を0.3秒更新

尚翌年に半弟のナリタブライアンが
クラシック三冠達成と同時に更新
1994年阪神2200m
(宝塚記念)
2:11.22着と5馬身差の当時日本レコードタイム

レコードタイムだけ並べてもわかりますが、距離の幅がとても広いですね!

実際そのことから万能の名馬とも呼ばれるくらいですから。


弟のナリタブライアンに隠れそうになるかもしれませんが
15戦連続連対記録は強者の証だと思います!

ナリタブライアン

シャドーロールの怪物と呼ばれ、上記のビワハヤヒデの弟ですが
クラシック三冠馬でもあります。

レコードを出したレースは以下の通り。

レース名タイム詳細
1993年京都1800m
(京都3歳S)
1:47.8
1993年東京1800m
(共同通信杯4歳S)
1:47.5
1994年中山2000m
(皐月賞)
1:59.02着との差は3馬身と1/2
当時の中山2000mのコースレコードを0.5秒更新
1994年京都3000m
(菊花賞)
3:04.6クラシック三冠馬達成瞬間のレース
前年度ビワハヤヒデの出した記録を
馬場が稍重ながら0.1秒更新し、2着との差は7馬身
杉本清アナの「弟は大丈夫だ!弟は大丈夫だ!」は名実況

尚翌年にマヤノトップガンが記録を塗り替える

レコードのうち2つがクラシックレースという恐ろしさ。

因みに日本ダービーはレコードじゃないにしても、2着と5馬身差なのだからすごいの一言。

ビワハヤヒデとの兄弟対決は叶いませんでしたが
もし対決出来ていたらどうなっていたかはかなりの人が思うのではないでしょうか?

ヒシアマゾン

女傑とよばれたヒシアマゾンの該当レコードレースは
1993年の阪神3歳牝馬S(阪神1600m)に出した1:35.9です。

因みにこの時2着と5馬身差をつけての圧勝。

尚クラシックレースは外国産の宿命で出れなかったのが残念ですね・・

マヤノトップガン

レコードを出したのは以下の2つのG1です

コースタイム
1995年京都3000m
(菊花賞)
3:04.4
前年度ナリタブライアンの出した記録を0.2秒更新

この記録は3年後にセイウンスカイが更新
1997年京都3200m
(天皇賞・春)
3:14.4
2着はサクラローレルで
1993年にライスシャワーが出した記録を2秒7も更新する
当時の世界レコードだった

レコード勝利レース以外もすごいのですが、天皇賞・春のレコード短縮は圧巻ですね!
(サクラローレル、マーベラスサンデーとの3強だった)

フジキセキ

実力が物凄かったものの、クラシックレース前にケガで惜しくも引退してしまったが

もみじS(阪神1600m)で1:35.5のレコードタイムを出しました。

尚、見ていただくとわかりますが
この時のレースは全くの馬なりのみでレコードになったそうで

そこだけ見ても恐ろしさが伝わってきますね・・

ヒシアケボノ

G1勝利を最も最重量(560kg)で勝利という記録を持つヒシアケボノですが

スワンS(京都1400m)で1:19.8を出しています。

尚このタイムは当時の日本レコードでもあるので

ただのデカい競走馬ではなかったのははっきりしますね!

1996年~2000年世代

サイレンススズカ

異次元の逃亡者の名を欲しいがままにしていますが

レコードタイムは2つ。

一つは1998年の小倉大賞典(中京1800m。当時小倉競馬場は改修していた)。

タイムは1:46.5なのですが、この記録はトップハンデの57.5㎏を背負った上に

前半1000mは57.5秒というハイペースでした。

もう一つは金鯱賞(中京2000m)でしたが、動画を見てほしい。

結論だけいえば終始大逃げで決着がついて

タイムは1:57.8のレコード且つ、2着と1.8秒差の大差というとんでもないレースです。
(因みにマチカネフクキタルも出走していました)

尚レコードタイムではなかったですが

唯一G1と取った1998年の宝塚記念も
当時の歴代2位タイ(1997年のマーベラスサンデーと同じ。1位はビワハヤヒデ)という素晴らしいタイムでした。


天皇賞・秋ももし完走出来ていたらどうなっていたんでしょうか・・・

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タイキシャトル

短距離~マイルで大活躍しましたが、レコードタイムを出したのは

1998年の京王杯SC(東京1400m)で出した1:20.1です。

安田記念の前哨戦且つ、休養明けのレースだったそうですが
終始馬なりで2着と1馬身半差という強さを発揮しました。


同期のサイレンススズカとは一緒に走ったことがありますが

サイレンススズカがまだ本格化する前だったので

もし本格化した後のスズカとレースしたらどうなっていたかというのはありあすね・・

シーキングザパール

海外遠征もしていたのでウマ娘でも世界をまたにかける的な発言がありますが

日本と海外で1つずつレコードを出しています。

日本では1996年のデイリー杯3歳Sで出した1:21.3。

因みに2着は後の天皇賞・春を勝つメジロブライトだったりしますが

5馬身差と突き放して3歳馬の1400m日本レコードを出していました。

海外では1998年のフランスのG1である
モーリス・ド・ゲスト賞(ドーヴィル1300m)で1:14.7のレコード勝ちをしています。

尚このレースは17年ぶりのレコードタイム且つ、結果的にですが逃げ切り勝ちになり

更に言うと日本が望んだ欧州GⅠ初勝利の瞬間でもありました。
(更に翌週タイキシャトルがジャック・ル・マロワ賞でG1を更に獲得)

メジロドーベル

4年連続の年度表彰を受けるほど輝かしい成績の持ち主で

レコードを出したのは阪神牝馬3歳S(阪神1600m)でだした1:34.6です。

尚このG1勝利により騎乗していた当時デビュー3年目の吉田豊騎手、
そして大久保厩舎としても初めてのGⅠ制覇であり
メジロラモーヌ以来10年ぶりの関東馬出身の優勝だったそうな。

スペシャルウィーク

日本総大将で4つのGⅠタイトルを手にしたスぺちゃんですが

レコードタイムを出したのはそのうち1999年の天皇賞・秋(東京2000m)で出した1:58.0です。
(前記録保持者はヤエノムテキの1:58.2)

尚この時の2着はゴールドシップや三冠馬オルフェーヴルなどの父ステイゴールドがクビ差。

更に言うと、この天皇賞・秋を勝ったことで
タマモクロス以来の天皇賞春秋連覇を達成した瞬間でもありました!

・・そして次走のジャパンカップでモンジューと戦い勝利する物語に続きました。

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キングヘイロー

様々な距離のレースを出ているキングですが

そんな中レコードを出したレースは
1997年の東京スポーツ杯3歳Sでだした1:48.0です

尚騎乗した当時デビュー2年目だった福永祐一騎手は
このレースで初めて重賞勝ちを手にしました。

セイウンスカイ

1998年の菊花賞でだした3:03.2がレコードだったわけですが
(前の記録保持者だったマヤノトップガンから1.2秒も短縮)

これを逃げ切りでやってしまうから恐ろしいところです。
しかも当時は世界レコードだったのですから・・

菊花賞での逃げ切り勝ちは1959年以来の38年ぶりという。

因みに2着はスペシャルウィークでしたが3馬身離しての勝利でした。

グラスワンダー

98年世代の1頭ですが、海外馬である影響で

エルコンドルパサー同様一部のレースが出れませんでしたが

グランプリ3連覇等の偉業をしているのは流石の一言。

そんなグラスがレコードを出したのは1997年の朝日杯3歳Sで出した1:33.6です。

2着とは2.5馬身差で前記録保持者から0.4秒更新したタイムでした。

尚、この年の年度代表馬に10票投票されましたが
この年以降2歳馬で投票された競走馬はいない模様。


そしてこの怪物ぶりがゲーム内での怪物2世と呼ばれていたり

マルゼンスキーが自分と似ているという所以だと思われます。

アドマイヤベガ

レコード更新ではなかったもののタイ記録なので記載。

記録を出したのはアイネスフウジンが出した
日本ダービー(東京2400m)の同タイムの2:25.3です。

アイネスフウジンは逃げ切り勝ちでしたが、

アドマイヤベガは大外後方一気で勝つという真逆の展開です

因みに騎乗していた武豊騎手は前年(スペシャルウィーク)に続きダービー2連覇でもありました

ナリタトップロード

テイエムオペラオーと同期なのもあって、中々勝ちに恵まれないこともありましたが

2001年の阪神大賞典(阪神3000m)で3:02.5のレコードタイムを出しています。

尚このタイムは当時の世界レコードでもありました。

この感じなら天皇賞・春もいけると思うのですが、

前走で連勝記録が止まったオペラオーと
3000m以上を走るのが初めてだったメイショウドトウに敗れて3着だった
ので

競馬って何が起きるか本当わかりませんよね・・

メイショウドトウ

2000年の中京記念(中京2000m)で1:59.1のレコードタイムを出していて、これが重賞初勝利でした。

そしてここから本格的に重賞もぼちぼち勝っていくのですが

あとはウマ娘でも描かれてるような感じで
テイエムオペラオーの2着での1・2フィニッシュが続く形となっていますが

そんなこんなが5回続いた後の宝塚記念で6度目の正直を果たしました。

アグネスデジタル

地方・中央・海外の芝ダート問わずG1を勝ち、戦場を選ばない勇者(白井最強)なデジタルですが

レコードが出たのは共に2000年の
地方交流重賞レースの名古屋優駿(名古屋ダ1900)の1:59.8と
マイルCS(京都1600m)で出した1:32.6の二つ。

特に後者のマイルCSの勝ち方もすさまじく、

残り200mから15番手からの大外ごぼう抜きをしての勝ちを収めるという
へんた・・豪脚を披露しました。

因みにこのレースはキングヘイローもですが
フジキセキやダイタクヘリオスの子も走っていました。

そしてこの時の騎乗していた的場騎手は
このG1勝利が現役最後のGⅠ勝利となりました

2001年~2010年世代

アグネスタキオン

レコードタイムを出したのは2000年のラジオたんぱ杯3歳S(2000m)で出した2:00.8。

尚この時一緒に走ったのがのちのGⅠ馬2頭込みの2着3着という
ハイレベルな戦いでもあったりしました。

(ジャングルポケットとゲーム内でアグネスデジタルが後輩ちゃんと言っているクロフネ)

その後も皐月賞含めて超安定した勝ち方をしたものの
ケガにより引退という先が見れなくて残念な結果となりましたが

アグネスタキオンが4戦の間に下したライバルたちは後にG1を勝っていくため、
幻の三冠馬と呼ばれることもありました。
(その中にマンハッタンカフェもいる)

もしケガしなかったらどうなっていたでしょうか??

シンボリクリスエス

2022年に新たにウマ娘として追加されたうちの一人ですが

その成績はかなりのものです。
天皇賞・秋と有馬記念を2年連続で勝利(ジャパンカップも2年連続3着)という記録持ちですが

その天皇賞・秋と有馬記念でレコードを出しました。

共に2回目である2003年でのレコードとなっていて、タイムはそれぞれ

  • 天皇賞・秋(東京2000m)1:58.0
    このタイムは当時レコード持ちだったスペシャルウィークと同タイム
  • 有馬記念(中山2500m)2:30.5
    このタイムは翌年に後述するゼンノロブロイによって更新される

となっています。

特に有馬記念の方は1991年にダイユウサクが出した記録以来12年ぶりの

0.1秒短縮ののコースレコードなうえに、G1競争史上最大馬身差(9馬身)という記録までつきました

尚このレースがシンボリクリスエスの引退レースでもあったため、有終の美となりました。

ゼンノロブロイ

2004年の有馬記念(中山2500m)で出した2:29.5がレコードでした。

この中山2500mの記録は2019年にルックトゥワイスの目黒記念で出した、
2:28.2に破られるまでレコードタイムだったのですが
有馬記念としてのレコードは健在です。

そしてこのレコードを出した時に秋古馬三冠を達成した瞬間でもありました。

ウオッカ

ダイワスカーレットとライバル関係のあったウオッカですが

レコードが出たのは大接戦ドゴーン(実際はでゴール)実況で有名な2008年の天皇賞・秋。

実際レースを見ていただくとわかりますが2センチ差というまさに大接戦ドゴーンに相応しい死闘です!

尚この時のレコードは1:57.2ですが
この前の記録はスペシャルウィークで、それを0.8秒更新というものでした。

アストンマーチャン

ウマ娘1周年で登場したウオッカやダイワスカーレット世代の競走馬。

レコードを出したのは2歳レースであるファンタジーステークス。
(京都1400m)

タイムは1:20.3なのですが、これは同レースのレコードを0.9秒更新するばかりか
JRA2歳レコードでも0.5秒更新というすさまじいタイムでした
(尚2着とは5馬身差)

スマートファルコン

スマートファルコンは3つほどレコードを出しています。

レース名タイム
2009年門別ダート2000m
(ブリーダーズGC)
2:02.2
2010年大井ダート2000m
(東京大賞典)
2:00.4
2012年川崎ダート2100m
(川崎記念)
2:10.7

このうち東京大賞典のタイムは2021年時点でも破られていない記録だったりします。

実際のレースを見てみるとその凄みがわかるかと思います!

トーセンジョーダン

2011年の天皇賞・秋(東京2000m)で出した1:56.1がレコードでした。
(GⅠ初制覇)

因みにこのタイムは2008年のウオッカが記録したものより1.1秒更新し、

芝2000mの日本レコードも0.3秒上回るトンデモ記録で
2021年時点でも未だに破られていない驚異の記録です!

尚この時一緒に走っていたのはエイシンフラッシュや
スペシャルウィークの子であるブエナビスタがいました

2011年世代以降

ゴールドシップ

2011年新馬戦(函館1800m)でいきなり2歳コースレコードを出しています。

タイムは1:51.2。同じ配合で(父ステイゴールド、母父メジロマックイーン)で活躍していた

オルフェーヴルがいたので最初から期待されていたかと言えばそうでもなく

この新馬戦にはディープインパクト産駒がいたので1番人気ではなかったそう。

それ以降はゴールドシップのスタイル的にレコードタイムを出すタイプではなかったそうなのですが

活躍ぶりは記録に残る通り。

だから、ウマ娘でもストライド走法で走ってるんですね!

コパノリッキー

2022年にウマ娘として実装されたコパノリッキーは主にダートで地方中央問わず活躍していましたが

レコードを出したのはそのうちの

2014年JBCクラシック(盛岡2000mダート)で出した2:00.8です

見ていただくとわかりますが、

先手を取って直線で突き放す展開は圧巻の一言です!

キタサンブラック

2017年の天皇賞・春(京都3200m)で出した3:12.5がレコードでした。
(サトノダイヤモンドも出ています)

尚この記録は2021年時点でも破られておらず、

この記録の前の保持者はディープインパクトでしたが

1秒以上のタイム短縮という恐るべき記録でもあります。

まとめ

レコードタイムはレース展開にもよるものもあるのでそれだけでは強さは図れないのですが

違う目線で見れるので、面白いのではないかと思いました!

これによってもしかしたらウマ娘たちの目線が変わるものもいるかも??

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